เข้าสู่ระบบ会長直属の監査室には、窓がなかった。
長机の中央に録音機が置かれ、その向こうに一ノ瀬雅人が座っている。
征吾は監査責任者の隣で、提出された手帳の複写へ目を落としていた。
日付。面会場所。申請した資料。口頭で交わされた内容。その後に雅人自身が出した指示。
細い字で、簡潔に記されている。
「これは、いつからつけていた」
「黒崎本社へ入ってからです。口頭の指示だけでは責任の所在が曖昧になることがあるので、重要な面談は残していました」
自分を守るための記録だろう。
だが今は、雅人自身の責任まで記している。
監査責任者が録音開始を告げた。
「三か月前、一ノ瀬エレクトロニクスへ過去資料の照会を出した経緯から説明してください」
雅人は一度息を整えた。
「最初に照会を提案したのは、私です」
征吾が顔を上げる。
「隆臣ではないのか」
「違います」
雅人の返答は明確だった。
隆臣が向かいの椅子へ腰を下ろすと、会長室の扉が閉まった。征吾はすぐには口を開かなかった。目の前にいるのは、黒崎グループの副会長であり、長年、自分の隣で会社を支えてきた弟でもある。今は、その二つを切り分けなければならない。机上には、筆頭秘書の聴取記録と、一ノ瀬雅人が提出した手帳の複写が置かれていた。「筆頭秘書から話を聞いた」隆臣の表情は動かなかった。「神谷へ匿名の警告を送ったことを認めた。お前から、黙らせるよう指示を受けたことも」「情報管理上の注意を促しただけです」「『これ以上動けば、一ノ瀬での立場は保証できない』が、注意か」隆臣は答えなかった。征吾は次の資料を開いた。「三か月前の照会についても、雅人から話を聞いた」隆臣の視線が、わずかに動く。「最初に旧書式と検証環境の確認を申請したのは雅人だ」「そうです」「お前が発案したものではない」「はい」「だが、雅人が高瀬を欲しがっていたことは知っていた」短い沈黙のあと、隆臣は認めた。「知っていました」「申請を持ってきた雅人へ、お前は『何か見つかれば使うつもりか』と聞いたそうだな」「……聞きました」「雅人は『使えるものなら』と答えた」隆臣は否定しなかった。征吾は弟を見据える。「それでも承認した」「照会そのものに、不正な内容はありませんでした」「だから、お前は承認できた」隆臣の目が細くなる。「雅人が何を考えているか分かっていながら、自分は正式な書面の外にいた」「偽造を命じたことはありません」「それは分かっている」征吾の声は静かだった。「送信用の文書から注意書きを外したのも、再現資料を高瀬の正式記録として使ったのも雅人だ。支配的な支援条件を加えたのも、あの男自身の判断だ」隆臣の
筆頭秘書が席を外してから、三十分が過ぎていた。隆臣は副会長室の時計へ目を向けた。会長直属の監査部門から呼ばれたとは聞いている。簡単な確認だけなら、これほど時間はかからない。だが、こちらから連絡するわけにはいかなかった。どこにいる。何を聞かれている。そう尋ねた瞬間、自分が何かを恐れていると示すことになる。隆臣は手元の事業計画書へ視線を戻した。数字はすでに頭に入っている。それでも、同じ行を二度読み返した。机の隅には、小さな青銅の鳥が置かれていた。黒崎グループ創立五十周年の記念品で、翼を閉じた姿をしている。台座が、机の縁に対してわずかに斜めを向いていた。朝、秘書が書類を置いたときに触れたのだろう。普段なら、考えるより先に直している。だが今日は、指を動かさなかった。先日、雅人の前で資料の傾きを直してしまった感触が、まだ残っている。内側が乱れたときほど、歪んだものへ手が伸びる。自分でも嫌悪している癖だった。隆臣は意識して鳥から目を逸らした。内線が鳴った。筆頭秘書ではない。役員室からの予定確認だった。「後ろへずらせ」短く告げて通話を切る。秘書室からは、まだ何もない。つまり、聴取は続いている。隆臣は机上の書類へ目を落としながら、三か月前のことを思い出した。最初に旧資料の照会案を持ってきたのは雅人だった。高瀬との共同開発で使われていた旧書式と、当時の検証環境を一ノ瀬側でも確認したい。書類だけを見れば、通常の技術確認だった。だが隆臣は、雅人が高瀬を欲しがっていることを知っていた。臨床技術。特許。病院との信頼。一ノ瀬にないものを、高瀬は持っていた。――何か見つかれば、使うつもりか。そう尋ねると、雅人
会長直属の監査室には、窓がなかった。長机の中央に録音機が置かれ、その向こうに一ノ瀬雅人が座っている。征吾は監査責任者の隣で、提出された手帳の複写へ目を落としていた。日付。面会場所。申請した資料。口頭で交わされた内容。その後に雅人自身が出した指示。細い字で、簡潔に記されている。「これは、いつからつけていた」「黒崎本社へ入ってからです。口頭の指示だけでは責任の所在が曖昧になることがあるので、重要な面談は残していました」自分を守るための記録だろう。だが今は、雅人自身の責任まで記している。監査責任者が録音開始を告げた。「三か月前、一ノ瀬エレクトロニクスへ過去資料の照会を出した経緯から説明してください」雅人は一度息を整えた。「最初に照会を提案したのは、私です」征吾が顔を上げる。「隆臣ではないのか」「違います」雅人の返答は明確だった。「高瀬との共同開発で使われていた旧書式と検証環境を、一ノ瀬側でも確認したいと私から申請しました」「何のためだ」数秒の沈黙が落ちる。「表向きは、過去の検証環境を確認するためです」「表向きは?」雅人は視線を逸らさなかった。「高瀬の管理に何か不備が見つかれば、使えると考えていました」「何に使う」「高瀬を弱らせる材料にです」監査責任者の手が止まる。雅人は続けた。「一ノ瀬には電子部品の技術があります。ですが、医療機器の完成品を事業として扱うには、高瀬が持つ臨床技術や特許、病院との信頼が必要だった」「最初から高瀬を取り込むつもりだったのか」「はい」征吾の声が低くなる。「隆臣は、その意図を知っていたのか」「どこまで察していたかは分かりません」「分からない?」「高瀬を利用したいとは、以前から話していました。だ
雅人は執務室へ戻ると、秘書を呼んだ。「高瀬沙耶が最近受診した医療機関について、公開されている情報だけで確認できるか調べてくれ」秘書の表情がわずかに固まる。「正式な調査案件でしょうか」「違う。病院へ直接問い合わせるな。本人や高瀬家にも接触するな。公に確認できる範囲だけでいい」「承知しました」秘書が退室すると、雅人は椅子へ深く身を沈めた。自分でも、筋の悪い指示だと分かっていた。沙耶が今も妊娠しているのか。美玲が聞いた流産の話は本当だったのか。それを確かめたところで、内部監査の追及が弱まるわけではない。高瀬の検査表とも、一ノ瀬で作られた再現資料とも関係がない。怜司へ知らせれば、美玲が電話を取り次がなかったことまで明らかになる。自分がその秘密を調べていたと知られれば、一ノ瀬兄妹への不信を深めるだけだ。何の役にも立たない。それでも一瞬だけ考えた。もし子供が生きているなら、その事実は怜司を動かす材料になるのではないか、と。「……何をしているんだ、俺は」乾いた声だけが執務室へ落ちた。机の上には、会長直属の監査部門から届いた聴取要請がある。旧検証書式の照会経緯。再現資料が作成された過程。高瀬へ提示した支援条件。どれも、自分が関わったものだった。一ノ瀬エレクトロニクスに、もう一度力を持たせたかった。始まりは、それだけだったはずだ。黒崎の子会社になっても、社名は残った。工場も技術者も、長年積み重ねてきた電子部品の技術も残っている。だが、経営の主導権は一ノ瀬家から失われた。父は、会社そのものが残っただけでもよいと言った。雅人には、それが敗北を受け入れる言葉にしか聞こえなかった。高瀬の臨床技術や特許と結びつけば、一ノ瀬は部品供給だけに留まらず、医療機器事業でも大きな発言力を持てる。黒崎の傘下にあったとしても、一ノ瀬自
取締役会の翌日、怜司は高瀬家を訪れた。応接室には、沙耶と宗一郎が待っていた。相川が紅茶を置き、静かに退室する。怜司はテーブルの向こうへ腰を下ろした。共同開発棟で会ったときより、沙耶の顔色は戻っている。それでも以前より痩せた印象は消えていなかった。「体調はどうだ」挨拶より先に言葉が出た。沙耶が一瞬だけ目を見開く。「もう問題ありません」丁寧で、隙のない返事だった。宗一郎が怜司へ視線を向ける。「今日は、会社の話で来たのだろう」「はい」怜司は持参した書類をテーブルへ置いた。「第三者機関の中間報告では、問題の検査表を高瀬メディカルの真正な記録とは認めがたいとの見解が出ています」宗一郎も沙耶も表情を変えず、続きを待った。「一ノ瀬エレクトロニクスで作成された再現資料が、正式な検査記録に見える形で利用された疑いが強い。黒崎内部の関与についても、会長直属の監査が続いています」「まだ最終報告ではないのですね」沙耶が尋ねる。「ああ。ただ、高瀬が検査結果を改ざんしたという前提は、すでに崩れている」怜司は一度、言葉を切った。「高瀬側の実機記録と正式な検査履歴には、安全上の問題は確認されていない。そのため、既存患者の保守に必要な部品については、供給再開の手続きに入る」沙耶の目が書類へ落ちた。「新規開発分は?」「評価用を含め、今後の供給については改めて協議したい。追加の研究支援も同じだ」「元の契約へ戻すという意味ですか」「その提案も可能だと思っていた」怜司は正直に答えた。「ですが?」「君は、それを望んでいない」沙耶は少しだけ目を細めた。「止めるときは、黒崎の判断だけで止められました」静かな声だった。「それを今度は、疑いが晴れそうだから元へ戻す。そう言われて
取締役会が始まる十分前、怜司は会議資料を閉じた。机の端に置いた私用のスマートフォンへ、ふと視線が向く。昨夜、沙耶へ送った最後のメッセージには既読がついている。だが、返信はなかった。――ならば、少なくとも午前中は休め。命令に近い言い方だったことは、自分でも分かっている。夫だった頃から、気遣う言葉を選ぶのは得意ではなかった。それでも以前なら、沙耶は短く返事をした。『承知しました』『ありがとうございます』今は、その一言さえ返ってこない。当然だった。怜司は画面を伏せ、席を立った。取締役会議室には、すでに役員の大半が揃っていた。征吾が上座に座り、その近くに隆臣がいる。雅人は怜司と目が合うと、わずかに頭を下げた。表情はいつもどおり整っている。ただ、席に着いてから一度も、自分から隆臣へ視線を向けなかった。「始めよう」征吾の声で、会議が始まった。最初の議題は、高瀬メディカルの検査記録に関する第三者機関の中間報告だった。担当者が資料を開く。「問題となった検査表には、高瀬側の機器記録および正式な保存履歴と一致しない箇所が複数確認されています」室内の空気が重くなる。「また、一ノ瀬エレクトロニクスの品質保証部門で作成された再現資料について、問題の検査表とファイル名および作成時刻が一致する記録が確認されています」一人の取締役が口を開いた。「再現資料というのは、正式な試験記録とは違うのですか」「はい。過去の条件を再現し、検証するために作成される資料です。通常、正式な品質記録とは区別して扱われます」本来なら、それだけのものだった。過去の環境を再現する。試験条件を確認する。そこに不正はない。だが、その資料が高瀬の正式な検査記録として扱われた。第三者機関は現段階で、問題の検査表を真正な高瀬の